思い切ってワールドクルーズ〜飛鳥Ⅱ乗船日記

2019 アジア グランド クルーズ 乗船日記 更新中

マルタ騎士団の根拠地

バレッタ(5月5日)はマルタ騎士団の根拠地で神聖ローマ帝国のカルロス五世から賜った領土です。
エルサレムキプロス・ロードスと善戦むなしく回教徒に追われて退却を続けてきた聖ヨハネ騎士団キリスト教徒代表してを死守した要塞都市です。
飛鳥IIは船首のバウスラスターを使い狭い港内にもかかわらづ砲台の真下に接岸しました。
狭い街なので徒歩観光しかできません、朝一番に下船し丘の上の城門に向かいました。深い空堀と高い城壁が堅固な守りを示しています。
城門をくぐると各街路ごとに異なる垂れ幕が飾られ「マルタストーン」といわれる蜂蜜色の大理石の街並みはまさに中世の雰囲気です。ただ裏通りをぬける時は犬のフンに注意です。石畳の路で雨も少ないのでなかなか無くなりません。
目的の聖ヨハネ教会にも開門と同時に入館し、内部の装飾を観賞しましたが壁・柱・天井・床・照明器具などどれを見ても一級の芸術品です。
中でもカラバッジョが署名をした唯一の名画「聖ヨハネの斬首」は秀逸で何ともいえない緊張感が漂っていました。
また、ルーベンスが下絵を描いたキリストの生涯を題材にしたゴブラン織の大型タペストリーも圧巻です。まだまだ観賞を続けたかったのですが、空腹に耐えかねて外に出て昼食にしました。
スープとマルタ名物の魚肉のパイ(猫の喜びそうな味です)で一息入れて午後から「騎士団の宮殿」へ向かいました。
オスマントルコは地中海のいたるところで海上交通網の破壊(海賊行為)をするマルタ騎士団に業を煮やして、厳しい包囲攻撃をしましたがバレッタ騎士団長に統率されたマルタ軍は耐え抜き、この包囲戦がオスマントルコ帝国の退潮のきっかけになりました。
その栄光の品々がこの宮殿にはありますが特に、西洋の甲冑と剣の素晴らしいコレクションがあります。また、街の名前も騎士団長の名前をとったそうです。
不思議な事にトルコには強かったマルタもナポレオンは弱く直ぐに降参しています、地中海でトルコに激しく抵抗したベネチィアもナポレオンに簡単に降伏しています。

留守宅の竹の子も宮殿の大老も町内のヨットマンが面倒を見てくださっているのでまだ旅を続けられそうです。

5月7日リボルノ港イタリア到着。朝起きたら川崎のコンテナ埠頭のような港に着いていて甲板で吸った空気も排気ガス臭い。
タクシーの相乗りでリボルノ駅に行き、70kmくらい離れたルッカまで電車の切符を求め乗り込む。
乗り換えのピサ駅では5分しかない、つたないイタリア語では、ルッカ行きの12番線のホームがどうしても見つからず走り回ったが乗り遅れる。
二時間後までルッカ行き電車が無いので、駅前からバスに乗りピサの斜塔を見に行くことにする。
ピサの斜塔はベージュと白の大理石作りで緑の芝生と青い空の下に本当に今にも倒れるのではないかと思うほど斜めに建っていた。
今日はルッカに行く予定だったので取り合えず外観だけ眺めてピサ駅に戻る。
そこで偶然K氏ご夫妻とお会いした。
K氏は旅の初めにM氏の紹介で存知あげていたが、亡くなった私の父にそっくりな雰囲気の方で、そばにいるだけで懐かしくて、その方と一緒にルッカに行けるのはとっても嬉しかった。
ルッカの街は緑の豊かな30Mもの幅の堅牢な城壁がぐるっと古い町を取り囲んでいる中世そのままの所だった。
気温は24度でも日差しが強く建物や木の陰を選びながら歩いてカテドラルやナポレオン広場を見た。
K氏御夫妻と行動を共に出来て楽しい思い出に残る一日だった。

次の日ピサに来て斜塔に登らずにはいられない私達夫婦は、前日の予行演習のかい有って首尾よく入場の予約券を手に入れた。
一回に付き40人で30分の入場時間だ。
磨り減った螺旋階段を登りだすと軽く目まいがして、おもわず壁に手をついた、ポンコツハートが壊れたかと思ったが、その辺りの壁は帯状に手垢で汚れていた。塔が7度傾いているので平衡感覚が狂い誰でもが手を突くようだ。
55Mある頂上部分に出るとより傾いているため、足元に壁が無く空中に浮かんでいるようで高所恐怖症の人には耐えられない高さだ。
美しいレンガ色の瓦が海まで見渡せ、ピサが有力な海軍国を誇っていたのがよくわかる。


5月7日リボルノ港イタリア到着。朝起きたら川崎のコンテナ埠頭のような港に着いていて甲板で吸った空気も排気ガス臭い。
タクシーの相乗りでリボルノ駅に行き、70kmくらい離れたルッカまで電車の切符を求め乗り込む。
乗り換えのピサ駅では5分しかない、つたないイタリア語では、ルッカ行きの12番線のホームがどうしても見つからず走り回ったが乗り遅れる。
二時間後までルッカ行き電車が無いので、駅前からバスに乗りピサの斜塔を見に行くことにする。
ピサの斜塔はベージュと白の大理石作りで緑の芝生と青い空の下に本当に今にも倒れるのではないかと思うほど斜めに建っていた。
今日はルッカに行く予定だったので取り合えず外観だけ眺めてピサ駅に戻る。
そこで偶然K氏ご夫妻とお会いした。
K氏は旅の初めにM氏の紹介で存知あげていたが、亡くなった私の父にそっくりな雰囲気の方で、そばにいるだけで懐かしくて、その方と一緒にルッカに行けるのはとっても嬉しかった。
ルッカの街は緑の豊かな30Mもの幅の堅牢な城壁がぐるっと古い町を取り囲んでいる中世そのままの所だった。
気温は24度でも日差しが強く建物や木の陰を選びながら歩いてカテドラルやナポレオン広場を見た。
K氏御夫妻と行動を共に出来て楽しい思い出に残る一日だった。

次の日ピサに来て斜塔に登らずにはいられない私達夫婦は、前日の予行演習のかい有って首尾よく入場の予約券を手に入れた。
一回に付き40人で30分の入場時間だ。
磨り減った螺旋階段を登りだすと軽く目まいがして、おもわず壁に手をついた、ポンコツハートが壊れたかと思ったが、その辺りの壁は帯状に手垢で汚れていた。塔が7度傾いているので平衡感覚が狂い誰でもが手を突くようだ。
55Mある頂上部分に出るとより傾いているため、足元に壁が無く空中に浮かんでいるようで高所恐怖症の人には耐えられない高さだ。
美しいレンガ色の瓦が海まで見渡せ、ピサが有力な海軍国を誇っていたのがよくわかる。